若者たちへ、まちの「先輩」が届ける言葉 2025
教えて!パイセン!
岐阜善光寺の企画・広報担当として、また「善光寺大門まるけ」の事務局として、
人が集う場づくりに取り組んできた松枝さん。
これまでどんなことを考えて自分の仕事に向き合い、 やりがいを見つけてきたのでしょうか。
次の岐阜市を担う若い世代にお届けしたい、 まちの「先輩」の熱いメッセージです!
松枝 朋子 さん
岐阜善光寺 企画・広報担当 / 善光寺大門まるけ事務局 / 株式会社岐阜まち家守 取締役事務局長 29歳の時に、岐阜善光寺の副住職だった夫との結婚を機に岐阜市で暮らし始める。「お寺を人の集う場にしたい」という思いを持つ夫やその友人とともに、2014年に「善光寺大門まるけ」をスタート。2018年に夫が急逝した後も、まちの未来につながる活動を続けている。また、2021年からはまちづくり会社「株式会社 岐阜まち家守」の取締役事務局長としても活躍中。
子どもたちが
「帰ってきたい」と思える場所にしたい。
百貨店勤務などを経て岐阜市へ。
―松枝さんは学生時代、将来の仕事についてどう考えていましたか?
また、その後はどんな仕事をしてこられましたか?
学生の頃は、仕事のことは特に深く考えていませんでした。ただ、大学生の時は服が好きだったので、名古屋の百貨店でアルバイトをしたんですね。その時に接客が楽しいと感じて、卒業後はそのままその会社に入りました。接客は楽しかったのですが、とはいえ百貨店なのでけっこう遅くまで働いたりして、「ちょっとしんどいな」と思っていた時に、実家の仕事を手伝ってほしいと言われまして。実家は下呂で旅館を経営しているのですが、その旅館を26歳の時に手伝い始めました。
―その後、結婚されて岐阜善光寺に来られたんですよね。
はい。29歳の時に結婚して岐阜に来ました。夫の秀晃さんとは、青年会議所が主催する研修船に乗った時に知り合いました。私は元々お寺のことをそれほど深く知らず、秀晃さんという人を好きになって結婚を決めたのですが、親は最初、私が「おくりさん(僧侶の妻)」になることについて、「荷が重いのではないか」と心配していました。
―確かに、お寺の仕事は毎日忙しそうなイメージがあります。
松枝さんは実際にどんな1日を過ごしていますか?
朝はすごく早く起きているイメージがあるかもしれませんが、全然そんなことはなくて、普通に起きて9時にここに出勤します。私はもう一つ仕事(株式会社岐阜まち家守の事務局長)をしていて、その日のスケジュールを見ながら両方の業務をしている感じです。
ご祈祷、ご供養などの予約や、いらっしゃった時の対応。また行事もけっこう多いのでその準備や、檀家さんの対応などの接客もします。あと、「善光寺大門まるけ」というマルシェをやっているのでその運営もしています。
一人でできることは限られている。
―お寺の仕事をする中で、どのような点に面白さを感じますか?
「自分のやりたいようにできる」ということに面白さを感じます。このお寺は門もないし、どなたでも入ってきていただきやすいお寺です。岐阜市には真言宗のお寺が元々少なく、檀家さんがそれほど多くないこともあって、その時の住職のカラーが出やすいんですね。
夫の秀晃さんは住職になる前から「お寺を人が集う場にしたい」「文化的な拠点にしたい」と言っていて、その一環として、2014年に有志メンバーと「善光寺大門まるけ」というマルシェを始めました。2018年に秀晃さんが亡くなった後もこのマルシェは続いていて、2022年からは「岐阜まち家守」と共催し拡大版「ミライの参道まるけ」がスタートしました。
―10年もマルシェを続けているのはすごいですね。
そうですね。「気づいたらここまで来ていた」という感じです。お寺がやっているものなので、「大きくしよう」とか「儲けよう」という意識は全然なくて、地域の中にホッとできる場所を作ることや、コミュニティを作ることをめざしてきたのですが、来てくださる方が増えるにつれて少しずつ求められる役割が大きくなってきたことも実感しています。私一人ではとても続けることはできなくて、周囲の方たちに助けてもらいながらやってきた感じですね。
―「岐阜まち家守」は、伊奈波通周辺の活性化や景観維持を目的に活動しているそうですが、松枝さんはどんな仕事をされていますか?
「岐阜まち家守」の中に建築士と宅建士の資格を持っているメンバーがいて、その人と私が実働部隊として実務を行っています。それ以外にも、会社の大きな方向性を決めたり、地域とのパイプを築いたり、それぞれのメンバーがその人にしかできない役割を持っています。お互いを尊敬する気持ちや信頼関係があるからこそ、「岐阜まち家守」は成り立っていると思います。
―他の人と一緒に何かをする時に、
松枝さんが意識していることはありますか?
一人でできることは限られていて、自分にできないことは本当に多いので、全部弱みをさらけ出しています。「できないから助けてください」って。私は「できそうな人」を見つけるのがすごく得意なので、そういう人にお願いします。
あとは、小さいことでも自分がやりたいことは口に出すこと。「岐阜まち家守」のメンバーは、私が何かを発言した時に「いいね、じゃあもっとこうしたら?」とか、「こっちの方がいいんじゃない?」とか、必ず何かを返してくれます。ありがたい環境だと思っています。
―松枝さんの発案で始まった取り組みはありますか?
私の発案で始めたことは特にないのですが、私はお寺にいるのでいろんな情報が集まってきます。たとえば「あそこの家が空いた」と聞いて「じゃあそこに行って話を聞いてみよう」となった時に、「善光寺の松枝です」と言うとすごく信用してもらえるところはあります。
それは、父と母が今までお寺をしっかりと運営してきて、長い時間をかけて地域のよりどころになるものを築いてきたからです。そのバックボーンがあるので、地域の方々も私に惜しみなく空き家などの情報をくださったり、そこから新しい借り手さんにつないだりすることができます。
小さくてもいいから「好きなこと」を。
―仕事以外のことも質問させてください。松枝さんは2人お子さんがいらっしゃって、今は留学中だと聞きました。
そうなんです。高3の息子はオーストラリアのアデレード、高1の娘はニュージーランドのオークランドに留学しています。
―お子さんたちが海外に興味を持たれたきっかけがあったんですか?
秀晃さんが元々、高校・大学時代にアメリカに留学した経験があり、「子どもたちにもいつか海外に行かせたい」と言っていて、本人たちにも「いつか行くんだよ」と伝えていました。そうしたら、息子が小学5年の春休みに「ちょっとアメリカに行ってみたい」と言い出したので、すぐにチケットを取って。アメリカに秀晃さんの留学時代の友だちがいるので、その人のところに2週間一人で行かせました。留学もどこかのタイミングで自分から言い出すかなと思っていたら、中学生の時に自分から「海外に行こうかな」と言ったので、「じゃあどうぞ」と言って。娘の時もそうでした。
―お子さんが自発的に行動しているのがいいですね。若い世代で「自分のやりたいことが分からない」という人もいると思いますが、アドバイスをいただけますか?
息子もよく言っていますね。「何がやりたいか分からない」と言っているんですけど、そんなに大きいことを考えずに、小さいことでもいいから好きなことをすればいいと思います。
私が一番いいと思うのは、人と会うことですね。一人で考える時間も大事ですけど、人としゃべっているとアイデアが浮かぶし、「できなさそう」と思ってもやってみると少しだけできたりします。できなかったら他の人に手伝ってもらうとか。そういうことの連続でいいと思います。
そういう思いもあり、このお寺に若い人が来たらあたたかく迎えたいと思っています。お寺というのは、若い人を含めていろんな年代の人を迎える場所なので。知らない人同士が出会って、新しいものが生まれるのを見るのが好きです。
カッコいい大人がたくさんいる。
―松枝さんは日々いろんな活動をされていますが、
大変さは感じないですか?
そうですね。忙しいですが、一緒にやっているメンバーがすごく前向きで助けられている感じです。みんな本業を持ちながらまちに関わる活動をしているので大変だと思うのですが、「やっていて楽しい」というのが一番大きいと思います。
仏教用語に「自利利他」という言葉があります。「自分のために努力することも、人のために尽くすこともどちらも大切」という意味なのですが、やっぱり「自分のためだけ」でも「人のためだけ」でもだめで、バランスが大事なんですよね。秀晃さんは生前、私がしんどい時に「仏様はこう言っていたんだよ」「こういう時はこういう考え方があるよ」と教えてくれていました。今も時々それを思い出して「頑張ろう」と思ったりしています。
また、「子どもたちが帰ってきたいと思ってくれる場所にしたい」という気持ちもあります。うちの子どもたちは岐阜が好きで、友だちを岐阜に呼びたがるんです。いつか帰ってきた時に誇れる岐阜であるように、自分にできることをやっていきたいと思います。
―お子さんたちは岐阜のどんなところが好きなのでしょうか。
やっぱり、人が好きですね。お父さんがいなくても、岐阜に帰れば「ちっちゃいお父さんがいっぱいいる」みたいなことを感じていると思います。カッコいい大人がたくさんいて、その人たちからヒントをもらえるのがうれしいみたいです。帰ってくる時に「○○さんや○○さんに会いたい」とリクエストがあるので、その方たちに声をかけて飲み会をセッティングします。大人の話が面白いのと、お父さんのことを話してくれるのがうれしいようです。
―そういう大人の言葉はお子さんにちゃんと響くんですね。
響いていると思います。「○○さんがあそこの大学がいいと言っていたから調べてみようかな」とか言っていますから。小さい頃から大人の飲み会の場にいましたからね。大人のちょっとダメな姿とか、何かを頑張っている姿とかを、子どもたちは見ていたと思うんです。そういう中で「岐阜の人たちは楽しそうだな」と感じたのだと思います。
息子は今海外にいますが、「帰ってきたら海外の友だちをここに泊まらせたい」と言っているんです。岐阜にすごく誇りを持っていて、「俺の岐阜」を友だちに見せたいのだと思います。
投稿日:2025.03.04 最終更新日:2025.03.04