A Taste of GIFU CITY 01
「大学を卒業した時、僕は就職をしたくなかったんですよ。海外に行けば何とかなるんじゃないかと思い、英語もしゃべれないままカナダに行きました」
農家であり料理人。田中大士さんの原点は、カナダで過ごした日々である。日本では得られない何かを見つけようと異国の地で奮闘し、フレンチレストランなど複数の店で料理を学んだ。そして最後に働いたのが、「Farm To Table(農場から食卓へ)」のスタイルを実践するレストラン。そこでは、契約農家から届くオーガニック食材を使って毎日異なるメニューを創作していた。「この食材があるから、何を作るか」と、食材から発想する料理。この店での経験が、料理人としての田中さんのベースになった。
しかし、カナダに渡って10年以上が過ぎた時、田中さんに転機が訪れる。父親が急逝し、急きょ帰国することになったのだ。実家は農家だが、当時の田中さんに農業の経験はない。地元に戻って無農薬・有機栽培の農業を志したが、肝心の土づくりの知識がなく思うように野菜が育たなかった。堆肥づくりの先生を何とか見つけ、その指導を受けながら試行錯誤を続けた。
「野菜を収穫できるのは年に一度。失敗してもやり直せるのは翌年になります。しかも自然環境は毎年同じではないので、次の年に必ず結果が出るとは限りません。無農薬にこだわって野菜をつくるのは特に大変で、数年であきらめて農業をやめてしまう人もたくさんいます」
「育てる難しさ」とともに大きな壁となるのが、「売る難しさ」である。東京などの都市部と比べると、地方では無農薬野菜の需要は大きくない。手間をかけて無農薬野菜を栽培しても、その手間に見合った価格で売ることは難しい。農家にとっては厳しい現状だが、その中でも田中さんは自分の野菜にこだわりを持ち、新たな販売先の開拓にも力を注いでいる。
帰国当初は野菜づくりに力を注いでいたが、後に料理人としての活動を再開。現在はレストランなどに出張する形で腕を振るっている。フレンチをベースにした、創作性の高いコース料理。野菜の栽培から料理を盛りつけるまでのすべてのプロセスを自分の手で行う。
「種をまく時から、その野菜がどんな料理になるかをイメージします。言うなれば、『種からの料理』です。そして最後にメニューを考える時は、『この食材の組み合わせでこういう味になるのでは?』というひらめきを大切にしています」
初めから結論を決めて料理するのではなく、偶然の結果を取り入れる。料理とは、正解のない世界。だからその日に採れた食材からヒントを得て、瞬間のアイデアで可能性を追求する。偶然性を大切にするのは、野菜づくりも同じだ。現在、一部の畑を使って試みているのが、人の手を一切加えないユニークな栽培方法。一度種をまいた後は畑を放置し、自然に芽が出て育ち、再び種が落ちて芽が出るのを待つ。そうして自然な状態で育った野菜は、雑草にも負けない強さがあるという。
田中さんが料理に使う野菜はほぼ自家農園のものだが、他所から食材を取り寄せるとしても、輸送による環境負荷を考えて近隣エリアで採れたものを使う。また、通常の形で出荷できない規格外野菜を発酵食品に加工しているほか、チーズや油、さらには料理を盛るお皿まで、どんなものでも自分の手で作る。
「カナダで出会ったある有名なシェフは、日本食に興味を持って鰹節まで手づくりしていました。そういう人たちに影響を受け、何でも自分で作るようになりました。新しいことをする時は失敗ばかりですが、挑むことに意味があると思っています」
一人の力は限られるが、その考えに共感して一緒に行動する人が増えれば、できることは少しずつ大きくなる。農業と料理を通じた情報発信。その拠点として、築100年の自宅を改装してレストランにする計画も進行中だ。食の未来へ種をまく男。その今後から目が離せない。
■TANAKA FAMILY FARM
無農薬・有機栽培の野菜を育てるとともに、「Farm To Table」のスタイルで自家栽培の野菜を使ったコース料理を創作。野菜の販売、料理教室やワークショップの開催、ケータリングなど、多様な形で農業と料理に関わっている。
【住所】岐阜市小野482
【TEL】058-239-1284
投稿日:2021.01.28 最終更新日:2021.01.28