Visiting GIFU CITY 01
木工専門の工房「ツバキラボ」には、さまざまな依頼が寄せられる。
ある時電話をかけてきたのは、「自宅の桜の木を使って家具を作ってほしい」という依頼者。その桜は娘が生まれた時に植えた記念樹だが、成長するにつれて隣の敷地に葉が散るようになり、どうしても切らなくてはならなくなったという。そのまま廃棄するのはしのびなく、ツバキラボに相談したそうだ。
「工房の存在を知って、『何とかしてくれるかもしれない』と思われたそうです。ご希望の家具に加工してお返しすることにしました」と話すのが、代表の和田賢治さん。大切な記念樹は、形を変えて家族のもとで生き続けることになった。
ツバキラボの特徴の一つは、木製品の製造を小ロットで受け付けていること。小売店の経営者などから「店で売るオリジナルの木製品を開発したい」といった相談を受け、雑貨やアウトドア製品などを製作することも多い。そしてもう一つの柱となる事業が、一般向けの木工シェア工房の運営だ。数日間のレッスンで機械の使い方や木工の基本を指導し、終了者には自分の作りたいものを自由に作れる環境を提供している。
たとえば今、ある男性の会員が作っているのは、まもなく小学生になる我が子にプレゼントする学習机。数カ月がかりの製作が終わりに近づいた時、塗料を塗る男性の表情は何とも言えないほどうれしそうだったという。
「自分の暮らしを自分の手でつくる。その喜びを多くの人に感じてほしいと思っています」
熱心に工具を操る会員たちに、和田さんの気持ちはしっかりと伝わっているようだ。
岐阜市で生まれ育ち、アメリカの大学で学んだ和田さん。28歳まで勤めていたのは自動車メーカーで、物流システムを開発して海外の工場に導入する仕事に関わっていた。「学ぶことの多い仕事でしたが毎日があまりにも忙しく、次第に気持ちが追いつかなくなりました。もっと自分の暮らしを中心に置いた生き方がしたいと思うようになりました」
仕事で悩んでいたある時、和田さんは自宅で一台の机に目を留めた。それは高校生の頃に父親から譲り受けた学習机。長く使って古くなっていたが造りはしっかりしていて、量販店で買った家具が並ぶ室内で、その机だけがまったく違う存在感を放っていた。
「それを見た時、自分が作りたいのは、“こういうもの”だと思ったのです。大量消費の世の中にいても、自分のこだわりや誇りを持てるようなもの。それを作れる人になりたいと思い、木工の世界に入ることを決めました」
木工の職人を養成する学校に2年間通い、美濃市にある岐阜県立森林文化アカデミーで教員として5年間働いた後、木工シェア工房を設立。起業から数年、木工を通して地域と深く関わる中で、次に取り組むべき課題も見えてきたという。それは、街路樹や公園の木、個人宅の庭木など、地域で手に入る木を有効に活用するための仕組みづくりである。「現状では自宅の庭木を伐採した時、お金を払って産業廃棄物として処分してもらう必要があります。それを資源として活かすことができれば、無駄になっていたものに価値を与えることができます」
木工に適さないとされる枝の部分も可能な限り材料として使い、細い枝や削りかすはストーブの燃料などのエネルギーとして利用する。また、周辺地域に製材業者が不足している状況に対応するため、木材の製材や乾燥ができる機能をツバキラボが持つ。地域の資源を地域内で循環させる仕組みを作るために、仲間と情報を共有しながら準備を進めている。
今まで人の手に委ねていたことを、自分の手元に引き寄せる。身の回りにある課題を見つめ、小さなことから変えていく。自分の暮らしを自分でつくる人が増えていけば、その人たちがつながり合って、まちはもっと元気になる。自然豊かな椿洞の地で、和田さんはそんな未来を思い描いている。
■合同会社 ツバキラボ
木工シェア工房の運営と、木製品・家具の製造を行っている。代表の和田賢治さんは、高校時代に1年間にわたり単身ミャンマーで生活し、その後アメリカの大学で学ぶなど、多彩な経歴の持ち主。海外生活で身につけた価値観や行動力が、現在の工房運営にも役立っている。
【住所】岐阜市椿洞1228-1
【TEL】058-237-3911
投稿日:2021.01.21 最終更新日:2021.01.21